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2.2 絶対的な速度

他からの重力の影響が無視できるような宇宙空間に2つの宇宙船P,Qが浮かんでいるものととします。その空間には、P,Qのみが存在し、P,Qの中にいる観測者にとって、PはQを見ることができ、QはPを見ることができますが、それ以外はまったく何も見えないものとします。初めに、PとQは近い距離をおいて離れていて、その距離は変化しないものとします。したがって、このときPとQの相対速度はゼロとなっています。次に、P,Qのどちらか一方の宇宙船のロケットが噴射され、加速されるとします。このとき、P,Qの中にいる観測者にとって、どちらが加速されたかわかるでしょうか。

Pから見れば、Qは観測される相対加速度でPから遠ざかっていくように見え、まったく同様に、Qから見れば、Pも観測される相対加速度でQから遠ざかっていくように見えることになります。このときの相対加速度の大きさをAとすれば、PとQの相対加速度はAとなります。マッハ、ポアンカレー、アインシュタインといった人は、おそらく、つぎのように答えることでしょう。

「われわれは、常に物体の位置とか速度といった概念を他のものの位置とか速度といったものと比較することによって定めてきた。この場合比較する対象は、PにとってはQのみであり、QにとってはPのみである。その際に、観測される相対加速度は、PにとってもQにとっても方向が反対ということ以外は、まったく同じである。Pを基準にすれば、Qが加速されたことになり、Qを基準にすれば、Pが加速されたことになる。したがって、P,Qの運動はまったく同様に観測されるわけであるから、どちらが加速されたかということを識別する方法はないし、またありえない。」

このように考えることは、既存の物理学の知識を利用してこの現象について考えるならば、まったく正しいものです。物理学者の一般的な見解によれば、絶対速度や絶対加速度といったものは否定されているからです。しかし、カンのいい読者の方であれば、もうお気付きのことでしょう。「P,Qにいる観測者にとって、どちらが加速されたかはわかる。加速される車に乗っていると体がシートに押しつけられることを感じる。このような力は、宇宙船内の観測者にもあるはずで、宇宙船内にいる観測者にとって、自分の宇宙船が加速されたか、されなかったかわかるはずだ」そのとおりです。宇宙船内に加速度計を設置しておけば、どの程度の加速度でどの方向に加速されたか、宇宙船の外を見なくても正確にわかることになります。

このようなことはアインシュタインが最初に言ったことだ、と思われるかもしれません。確かにアインシュタインは、宇宙空間に浮かんでいるエレベータを引っ張ると中にあるリンゴは落ちるというようなことを言っていました。しかし、このことと相対的ということは根本的に矛盾するのです。エレベータを引っ張るということによって、得られる加速度は他の何を基準にした相対加速度なのでしょうか。エレベータ内の加速度計が振れるということは、既にその加速度は相対加速度ではなくなっていることを示しているものです。

速度に相対速度しかないとすれば、その時間微分である加速度は、相対加速度のみであるという結論が得られことになります。しかしながら、相対加速度という概念では、P,Qのどちらが動いたかということを調べる方法はありませんでした。それに対して現実は、加速度計を用いれば、P,Qのどちらが動いたか確かめる方法はあるのです。したがって、この際に用いられた宇宙船内に設けられた加速度計の値といった量と、相対加速度という量とは明らかに同じではありません。この加速度計の値の量と相対加速度という量が違う値を示すのですから、同じ量として定義できないのは当然のことです。

一般に考えられるところの変位や速度の計測には、何らかの空間的に異なる位置に存在する基準が必要でした。速度のさらなる時間微分である加速度は、加速度計の値を測定するという手法によって、比較する基準を必要とせずに計測することができます。この計測機器は運動物体の空間座標の変位を追跡計測するものではなく、運動物体内部に設置することにより、運動物体の加速度を計測できるものです。この加速度計を物体P内に設け、非重力による方法で加速させるとき、加速度計の値は、物体Qを座標原点とみなした座標によって観測される相対加速度の値に、特定の場合において、等しいことがニュートン力学の範囲内で経験的に知られています。ここで特定の場合というのは、初期条件(P,Qの相対速度をゼロとする)をそれぞれの観測において一致させた場合ということです。この加速度計の値によって容易に速度、変位、運動量を求めることができます。これらの物理量を相対的、座標的測定のものと区別するために、それぞれ慣性加速度、慣性速度、慣性変位、慣性運動量とよぶことにしましょう。慣性加速度から、慣性速度や慣性変位を知る方法はよく知られているように加速度を積分すればよいだけです。

ここで物体Q内にも同じように加速度計が設置されていましたが、加速させていなかったとしましょう。このときQ内の加速度計の総和はゼロであり、これから、慣性加速度や慣性速度もゼロであることがわかります。PからQを見れば相対加速度や、相対速度を持つことになりますが、慣性加速度や慣性速度はPとQでは明確な違いが見いだされることになります。

相対的な位置関係を示すだけの相対速度や相対加速度ではP,Qの状態について何らかの違いがあると主張することはできないはずです。相対速度はその座標のとり方によってどのようにも変化するものであり、その座標のとり方は任意ですから、相対速度の大きさと運動物体の状態は、直接関係ないものであるからです。

慣性速度はその計測において他との比較を必要としません。他と比較せずに決定される量は相対量に対して絶対量であると考えられます。絶対量はその状態を示しうる量です。この量を使えば、PとQでは明確な違いが示されるのですから、同等に扱うことはできず、物理的に異なった状態であると考えることができるのです。

この慣性速度は絶対速度とも相対速度とも異なるもので中間的な概念と言えるものです。慣性速度は、特定の座標系内において相対速度ゼロの初期状態を与え、それ以後の加速度の変化を観測することによって、意味を持つことができます。あるいは逆に、運動している物体を減速させ、特定の座標系と相対速度ゼロにすることによって、得られるエネルギー量によって、その速度が慣性速度であったのかを調べることができます。この慣性速度を用いれば、動いているのは列車であって、駅ではないということを矛盾なく、数理的に表現することが可能となるのです。

一般的な物理学の知識では、この加速度計の振れといったことに加えられた力は「見かけの力」という幽霊のような言葉で説明されています。このような概念を用いることで、実際に変化する値を示す加速度計を指差して、それは「見かけ」であるなどと言われかねません。この奇妙な言葉が物理学に導入されている理由は、速度に対する認識の曖昧さからに他なりません。次には、新しい慣性速度という武器を用いて幽霊を退治しに行くことにしましょう。


2.3 見かけの力

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Updated 29/Mar/1997 redsky@graveng.jp